水月昭道の著書『高学歴ワーキングプア』とその続編『ホームレス博士』を読んでみました.
余りの不条理に怒りを禁じえないとともに,自分の無知に腹が立ちました.
以下,『ホームレス博士』の一章から,かいつまんで内容を紹介します.
“9.1%”
これは,2009年度の博士課程修了者(単位取得退学者でない!)のうち,
死亡・行方不明者の割合です.実に,約1割です.
2009年時点で博士号保有者の総数は,(大学や官民の研究機関と全く縁が無くなってしまった人を含めると)およそ10万人ですので,約1万人の博士号保有者が,死亡または所在不明となっていることになります.
しかしながら,これは1991年から始まった大学院重点化の結果で,予測できたことです.少子化に伴うポストの急激な減少を恐れた諸大学の権力層が,天下り先の減少を危惧した文部官僚とが手を組んで,仕掛けたものです.(その先陣は東大法学部がきった.)
予見できたのに踏み切ったという意味で,これは犯罪ではないでしょうか.
『高学歴ワーキンプア』がベストセラーとなり,マスメディアもこのような問題を取り上げると,今度は,博士号取得者の不満をかわすために,博士キャリア支援やGCOE拠点形成による若手研究者雇用の制度が,ガス抜きとして整備されました.
(ガス抜き自体は,暴力革命やテロを防ぐ機能があり,一概に悪いとは言えないところが,悩ましいところです.ビスマルクの社会保障政策とロシア革命を対比されたい.ただし,ナチス政府による特殊なガス抜き法は最終的に破滅をもたらしましたが.)
若手研究者や非常勤講師たちは,真面目な人が多く,これまでに研究したことが活かせるだけ幸せだと自分に言い聞かせ,不利な労働条件に甘んじました.
ガスを抜いたとはいえ,このような事態がいつまでも社会問題化しないはずはないのですが,
首謀者たちは妙案を見つけました.個人の問題にしてしまおうというのです.
「犠牲者は単に能力が足りなかったのだ」という言説の普及に努めました.
それも,自分たちの口からは言えなかったので,審議会の御用学者や週刊誌等のメディアを利用しました.
「本当に優秀なら海外にだっって仕事が見つかる(バカだから国内に残っている)」
「算数ができない大学院生」(「分数ができない大学生」の大学院版),
「量が増えたから質(能力)が低下したのだ」等々,
いずれも根拠の怪しいキャンペーンです.
(ただし,三つ目については,大学生のレベルについては当っているという研究がある.)
ところが,残念なことに,若手博士たち本人も,親など彼らの応援者も,これらの言説を信じてしまい,自分の性だと思って意気消沈していきました.
(斯く言う私も,そう思ってしまう傾向がある.)
さらにたちが悪いことに,このガス抜き装置は,(学振に採用された人と採用されてない人の間など),少しは恵まれた人とそうでない人との間に,反目を生み,うまいこと彼らを分断統治することを可能にしました.
民主党の事業仕訳のときは,さすがに博士たちは結束して不満ののろしを上げましたが,
そこは,機を見る天才の官僚たちです.仕分け人を悪人に仕立て上げ,事業仕分けに対する「反論」を募集しました.
若手博士たちは騙されて文科省の味方をし始めました.結果として,取り込まれてしまったのです.
水月氏は,ここで悩みました.
仕訳人たちの無知蒙昧な言いぐさは,とても容認できない.かといって,文科省の策略にも乗りたくない.
幸いなことに,博士たちのなかに,自分たちの苦境の実態を,実名で訴える人たちが現れました.
水月氏はこの動きに期待しています.
それとともに,水月氏は,もう大学院重点化政策は終わりにすべきだと主張しています.
(潮木守一・名古屋大学名誉教授も,博士課程の緊急閉鎖を提案しているが,
これに対し,水月氏は,修士課程を残すという点が既得権層寄りだと批判している.)
また,城繁幸氏の著書『若者はなぜ3年でやめるのか』『たった一%の賃下げが九九%を幸せにする』を引用し,(専任職員の)賃下げと同一価値労働同一賃金という選択肢を考える時期に来ているとしている.
(最後の点については,筆者としては,同じく城氏の提案している「日本型成果主義」を含め,広範な選択肢のなかから,実証的に検討していくべきだと思う.)
2012年3月9日
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